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浦和地方裁判所 昭和55年(わ)293号 判決 1980年11月04日

被告人 李龍雨こと渡邊龍雨

昭二三・一〇・一三生 学習塾経営

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(被告人の身分)

被告人は、昭和二三年一〇月一三日福岡県北九州市において、韓国人である父李鍾千と日本人である渡辺ヱミ子との間に出生した。しかし、この両親はいわゆる内縁関係であつて、父李鍾千には韓国に妻崔粉玉がおり、李鍾千は昭和三八年六月一四日になつて被告人を韓国の戸籍に妻崔粉玉との間に生まれた子として出生届をした。こうして、被告人は、出生以来、韓国人として外国人登録をなし日本において成長したものの、わが国籍法及び大韓民国国籍法上、日本国籍を有する者である。

(罪となるべき事実)

被告人は、前記のとおり日本人であるが、自らを韓国人と誤信したまま、昭和五四年四月二四日午後九時ころ、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦外の地域である朝鮮におもむく意図をもつて、富山市水橋辻ヶ堂二六七九番地付近海岸から小型船に乗り朝鮮元山港に向けて出国し、もつて、不法に本邦から出国したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

罰条     出入国管理令七一条、六〇条二項

刑種の選択  懲役刑

刑の執行猶予 刑法二五条一項

(弁護人の主張に対する判断)

本件は、当初、韓国人である被告人が前記認定の日時、場所、方法により不法に出国したという訴因で公訴が提起されていたが、のちに日本人である被告人が不法に出国したという訴因に変更されたものであるところ、弁護人は右変更後の訴因について、被告人は、本件出国当時、自らを韓国人と信じており、日本人による不法出国罪の構成要件に該当する日本人であるという行為主体についての認識がなかつたから、故意を欠き無罪である旨主張する。

ところで、出入国管理令は「本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理」を目的としており、日本人の出国に関する規定である同管理令六〇条二項と外国人の出国に関するそれである同管理令二五条二項とはその行為主体が日本人か外国人かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は全く同一であり、その罰則規定もともに同管理令七一条で法定刑も全く同一であることにかんがみると、日本人としての不法出国罪と外国人としての不法出国罪の構成要件は実質的に全く重なり合つているものとみるのが相当であるから、被告人が自らを日本人であるのに韓国人であると誤認した錯誤は、日本人としての不法出国罪についての故意を阻却するものではないと解すべきであるから、弁護人の主張は採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 米澤敏雄)

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